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新潟地方裁判所 昭和43年(行ウ)7号 判決

新潟県糸魚川市大字上刈東田一九四番地

原告

杉本大六

右訴訟代理人弁護士

坂上富男

同県同市大字横町字西分二二五

被告

糸魚川税務署長

深沢宏

右指定代理人

青木康

種村義男

大塚弘

松井瑛郎

右当事者間の昭和四三年(行ウ)第七号所得税課税所得金額更正処分の取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、被告が昭和四一年九月一七日付で原告に対してなした昭和三九年分所得税額金二六四万七、六〇〇円とする更正処分ならびに過少申告加算税金八万七、四五〇円の賦課決定は、所得税額金八九万七、八四〇円を超える部分につき、これを取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者双方の主張

(原告主張の請求原因)

一、原告は、昭和四〇年三月一五日、原告の昭和三九年分の所得税について所得金額三五一万五、七七一円、所得税額八九万七、八四〇円とする確定申告を被告に対しなしたところ、被告はこれに対し昭和四一年九月一七日付で右所得金額を七四一万九、八一三円、所得税額を二六四万七、六〇〇円とする更正処分および過少申告加算税八万七、四五〇円の賦課決定(以下両者を合わせて「本件処分」という。)をした。

そこで、原告は本件処分を不服として被告に対し異議申立をなし、さらに関東信越国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四三年四月六日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされ、その裁決書謄本が同月一二日原告に送達された。

その経過は別紙一のとおりである。

二、しかしながら、本件処分は次のとおり違法である。

(一) 原告は、昭和三九年三月三〇日原告所有の別紙二記載の居住用資産を訴外金井パン店こと金大栄に対し、金一、二〇〇万円で売却した。

(二) 原告は、昭和四〇年三月一五日前記確定申告に際し、昭和四四年法律第一五号によつて改正される以前の租税特別措置法(以下、「措置法」という。)三五条一項、二項の適用を受けるため、右譲渡資産の代替資産として、糸魚川市大字上刈字東田一八九番地三宅地六六坪二合に見積概額六五〇万円の居住用資産(以下「本件家屋」という。)を取得(新築)したうえで、同四〇年九月末日まで居住の用に供する予定である旨申し出た。

(三) 被告は、原告の前記買換物件建築予定地に第三者の建物があり、この撒去交渉のために前記譲渡の日から一年以内である同四〇年三月二九日までに着工することは不可能である事情を了承して、同年九月末日までに本件家屋の取得を猶予することを承諾したので、原告は措置法三五条三項所定の記載をした確定申告書を提出した。

(四) そこで、原告は本件家屋を同四〇年九月中旬までに完成する予定で同年五月頃地質調査のためのボーリングをするなど建築工事に着工したところ、同年九月北陸地方一帯を襲つた集中蒙雨のため、請負業者の都合により工事を延期せざるを得なくなり、これが本格的に開始されたのが同年一〇月となり、昭和四一年一月本件家屋(前(二)の地番、家屋番号一二一の五)が完成すると同時に居住の用に供した。したがつて、原告は集中蒙雨というやむをえざる事情によつて昭和四〇年九月中に工事が完成しなかつたものであり、右延期は措置法三五条の適用を妨げるものではない。

(五) 仮に右の主張が理由がないとしても、原告は同四〇年三月二八日本件家屋建築のため地鎮祭を行なつたところ、被告は原告が地鎮祭を行なつたことをもつて建築工事に着工し、本件家屋を取得したものと認め。措置法三五条三項に基づき原告に対し承諾を与えた。

(六) 以上の理由により、原告は、措置法三五条の適用を受けるべきところ、被告は原告が前記(一)記載の資産売却後一年以内に買換資産を取得せず、かつ居住の用に供されていない故をもつて、その増差額三九〇万四、〇四二円を所得金額に加算した。

三、よつて、原告は被告に対し、被告がなした本件処分のうち第一の一記載の限度内でその取消を求める。

(被告の認否および主張)

一、請求原因第一項中、裁決書謄本を原告が受理した日時は不知、その余の事実は認める。

二、同第二項中、

(一)の事実は認める。

(二)の事実のうち、原告が被告に対し昭和四〇年九月末日まで居住の用に供する予定である旨申し出たとの点を除き、その余の事実を認める。原告は右申出に際し、右期日は同年八月であると発言した(なお、建設予定地番は糸魚川市上刈一八九番の二である。)。

(三)中、被告が猶予の承認を与えた点は否認し、原告が確定申告書を提出した点は認める。被告は措置法三五条二項所定の取得期限である昭和四〇年三月二九日までに本件家屋の建築に着工することを条件として原告の申出にかかる買換資産の取得(新築)について同条の適用を承認したものである。

(四)中、集中蒙雨があつたことおよび原告が本件家屋を取得したことは認めるが、右取得の日時は昭和四一年三月である。原告が昭和四〇年九月までに完成する予定で本件家屋の建築工事に着工した点は否認する。右建築工事の着工は同年一〇月一五日頃である。

(五)中、原告が地鎮祭を行なつた点は不知、その余の事実は否認する。

(六)中、被告が原告主張のような理由で本件処分をなしたことは認める。

三、被告は、請求原因第二項(三)の原告提出の確定申告書を受理したが、原告が措置法三五条二項所定の期限である昭和三九年三月二九日までに本件家屋の完成はおろか着工もしなかつたので、原告に対し修正申告をなすよう求めた。しかしながら、原告がこれに応じなかつたので、被告は右申告による居住用資産の買換を否認し、本件処分をなしたものである。原告は地鎮祭またはボーリングをもつて着工にあたると主張するが、右事実だけでは着工とはいえない。

措置法三五条三項但書の規定は、同条に規定されている居住用資産を取得すべき期限の変更を認めるものではない。

よつて、本件処分は適法である。

(原告の被告主張に対する認否)

着工および措置法三五条三項但書の規定についての被告の見解は争う。

第三、証拠関係

(原告)

甲第一ないし第一六号証を提出し、証人館野宝造の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第五号証の成立は不知、そその余の乙号各証の成立は認めた。

(被告)

乙第一、二号証、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五、六号証を提出し、証人館野宝造、猪又米吉の各証言をを援用し、甲第五号証、第六号証中公署作成部分以外の部分、第一四ないし第一六号証の成立は不知(甲第五号証は原本の存在も不知。)、その余の甲号各証および第六号証中公署作成部分の成立は認めた。

理由

一、請求原因第一項中、原告が被告に対しその主張のような確定申告をなしたところ、被告が本件処分をなしたこと、原告はこれに対して異議申立、審査請求をしたがいずれも棄却された事実の経過については当事者間に争いがない。

二、そこで、被告は本件処分は違法であると主張するので判断する。

(一)  原告が、昭和三九年三月三〇日に原告所有の別紙二記載の居住用資産を金大栄に金一、二〇〇万円で売却したことおよび昭和四〇年三月一五日前記確定申告に際し措置法三五条一、二項の適用を受ける予定で確定申告書を提出し、被告がこれを受理したことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない乙第六号証と証人猪又米吉の証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和四〇年三月一三日頃訴外カネタ建設と本件家屋建築についての仮契約を結び、同年四、五月頃、地質調査のためのボーリングをしたが、建築予定の土地にある第三者の建物の立ち退きについての交渉がまとまらず、そのため同年九月ころ漸く右土地の裏手に建築することが確定したこと。そこで、原告は同年一〇月までに本件家屋の建築に着工しようとしたが、折悪しく同年九月北陸地方一帯を襲つた集中豪雨のため一〇月一〇日に本契約を締結し、同月一五日に着工し、昭和四一年三月ころに完成したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)  ところで、措置法三五条二項によれば、同条一項に規定する譲渡所得の課税の特例が認められるためには、土地等又は家屋の譲渡の日から一年以内に居住用資産を取得することがその要件となつているところ、右に所謂「所得」とは、これを家屋の場合についていえば、家屋の建築に着工し、少なくとも基礎工事を了したことを必要とし、また、右の段階に達した程度をもつて足ると解すべきである。けだし、そのように解するのが住宅建設を促進することによつて住宅事情の緩和をはかることを目的とした措置法の趣旨に添うばかりでなく、(成立に争いのない乙第三号証の一ないし三、同第四号証の一、二によれば、本条の立法趣旨が右のとおりであることは明らかである。)住宅建築の増加等に伴い自己の責に帰すべからざる事由によつて工事完成が遅延する場合、前記条項の適用が排除される結果の不当性が避けられるからである。

(三)  しかして、前記認定事実によれば、原告が前記不動産を譲渡した昭和三九年三月三〇日から一年以内である昭和四〇年三月二九日までの間居住用資産である本件家屋の建築についてなしたことといえば、原告が昭和四〇年三月訴外カネタ建設と本件家屋の建築に関して仮契約を締結したことが認められるにとどまり、本件家屋の完成はおろか家屋建築の着工にも至つていない以上、原告は右の期限までに居住用家屋を取得したものと認めることはできず、却つて、その後の昭和四〇年一〇月原告は本件家屋の建築工事に着工してこれを「取得」したことが認められる。

もつとも、原告本人の尋問の結果ならびに同尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一四号証によれば、原告は本件家屋の建築に関し昭和四〇年三月二八日地鎮祭を行つたことが認められるけれども、地鎮祭は通常建築等の工事着工に先立つて行なわれる一種の儀式にすぎず、これをもつて工事の着工と認めることはできない。

(四)  原告は、被告が原告に対し昭和四〇年九月末日までに本件家屋を完成すれば措置法三五条の適用を受けることができる旨の承認をしたこと、および右期限までに建物が完成しなかつたとしても、それは集中豪雨というやむを得ない事情によるものであつたのであるから本件について同条を適用することはいささかも妨げられるものではない旨主張する。

しかし、被告が原告に対し昭和四〇年九月末日までに居住用家屋を取得すれば措置法三五条二項の適用をする旨の承認をなしたと認めるに足る証拠はないばかりでなく、措置法三五条二項は、譲渡の日から一年以内に居住用家屋を取得し、更にその後一年以内に居住の用に供する見込のある場合で税務署長の承認がある場合に限つて同条一項の適用を受けることができる旨を規定したものであり、譲渡の日から一年を経過した後に着工することについて税務署長に承認する権限を与えたものではなく、原告主張のごとき趣旨の法条は他に存しない以上、独自の見解に基づく原告の前記主張はその理由がない。

(五)  また、原告は、被告が原告の行なつた地鎮祭をもつて本件家屋を取得したものと認め措置法三五条三項但書に基づき承認を与えた旨主張するが、これを認めるに足る証拠がないばかりでなく、同項但書の承認は、買換資産の取得の有無について当該税務署長にこれが承認する権限を与えたものではなく、税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合で政令で定める場合は、確定申告書に法令で定められた必要的記載事項を記載しなくとも、同条一、二項が適用される旨を規定したものであることは、同項の文書ならびに規定の位置からして明らかであつて、同項の解釈につき独自の見解に基づく原告の前記主張も失当といわなければならない。

以上からすると、原告の確定申告の居住用資産の買換を否認した本件処分は適法というべきである。

三、よつて、原告は措置法三五条の適用を受けることができず、被告の本件処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎啓一 裁判官 泉山禎治 裁判官 小松峻)

別紙一

〈省略〉

別紙二

〈省略〉

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